気持ちの葬式

僕が愛して止まないロックバンド くるりは名曲「ハローグッバイ」で、

この気持ち説明できる言葉も覚えた

と歌った。

 

「嬉しい」だの「寂しい」だの、気持ちを一言で表す言葉はいくつもあるが、どの言葉もその時々で感じた心の機微を語り尽くすにはあまりに足りない。

自分の心と向き合い、目を背けたくなるようなぐずぐずに膿んでしまった部分も直視し、広大な海から言葉を掬い上げて並べていくような作業を経て、彼は「この気持ち説明できる言葉も覚えた」のだろう。

余談ではあるが、三浦しをん著「舟を編む」の中で出てくる、「恋」という気持ちについての表現はとても良い。

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そういう真摯な気持ちで、この一年は言葉に向き合ってこれたのかもしれない。

はじめに掲げた週2〜3というペースには遠く及ばないが、かれこれ一年くらいはブログを続けてこれた。

しかし、「あ、いまブログを書きたいな」と思った心の動きをそのまま真空パックして、言葉を拾い集め並べていく作業は非常に難しく手間がかかるものだった。

なんとか頑張って月一ペースの更新というアベレージは保てたものの、かなり体力を要するものだと感じた。

ただ、言葉にできた気持ちは、その感情のネガポジに関わらず、成仏していったような気がする。

 

自分の気持ちを書き留めるということは、心の整理であり、ひとつの弔いのようでもある。

とても煩わしく、頭の疲れる、そして心地の良い葬式だ。

どの気持ちも皆、天国へゆける。

 

この一年で、葬式を挙げられなかった「気持ち」もたくさんある。

そんな「気持ち」の亡霊たちで、少しだけ肩が重い年末だ。

その間にも次々「気持ち」は僕の中に浮かびあがり、窓を開けて、天国へのドアを叩こうとする。

来年もまた、ゆっくり時間をかけて弔ってやろう。

 

 

 

パンを焼くという儀式について

我が家に新しいオーブントースターが来たのは夏の暮れで秋のはじまり、かれこれもう3ヶ月近く前のことになる。

 

スグリーンと言うべきかミントグリーンと言うべきか、なんとも形容しがたい「緑っぽい」色合いと、電化製品らしからぬ丸みを帯びたフォルムが特徴的だ。

詳しい性能のことはよく知らないが、毎日のトーストが美味しくなったと家族はえらく重宝している。

確かに、その日以来パンを齧るときの「ザクッ」が小林聡美のそれに近づきつつある気がしないでもない。

 

「料理」の定義を、切るだのかき混ぜるだの熱を加えるだの、食べられない状態(大きすぎる、美味しくない、毒がある など)から食べられる状態(食べやすい、美味しい、安全に食せる など)にする行為を施した食材、と仮定するのであれば、トーストは最も簡単な「料理」のひとつと言えよう。

オーブントースターに食パンを放り込んでタイマーをセットするだけという、簡略を極めたその行為は、調理というより作業に近い。

 

デザインや性能が変われど、トースターに対して我々が期待する役割はひとつ(同時にとてもシンプルである)、美味しくパンを焼くことであり、それ以上でも以下でもない。

 それに応じるように、彼らトースターの姿は美味しいパンを焼くのに適切な形状・機能を有しており、うちの新しいトースターも例に漏れず、彼に備わった機能を適切なかたちで「美味しいパンを焼く」という使命を果たすべく黙々と(時折「チン」と誇らしげな合図を鳴らし)行使している。

 

 我が家の朝食はほぼほぼパン食である。

時々ご飯、若しくは菓子パンやコーンフレークなど、トースターによる「調理」を介さず食べられるものも儘出てくるが、大抵はピーナツバター、或いはアオハタのブルーベリージャムを塗ったトーストを食す。

 

こうした一日の始まりのルーティンは、イチローの朝カレーほどの意味合いも生産性も無いが、ある種儀式的である。

目が覚めて、スリッパを履き、顔を洗い、口を濯ぎ、食パンをトースターに置き、ツマミを捻る。

別に願をかけているわけでも無いが、トースターの窓を開いて焦げたトーストが出てくるとなんとなく不吉な予感がしてしまう。

下駄の鼻緒が切れたとき、太陽に虹の輪がかかるとき、黒焦げのトーストが出てきたとき。

 

食パンひとつ満足に焼けない自分に辟易してしまう、そんな日もある。

でも、誰だってなにかを失敗する。

そんな日もあるのだ。たかがそんな日だ。

 そんな一日の始まりには、ザクザクと焦げたパンを齧り、ミルクコーヒーで飲み下すのだ。

パンを焼くような単純なことすら失敗してしまう僕たちだ。

世の中に溢れる複雑な由無し事、失敗して当然だ。

 

どうか、僕が、僕の失敗を許せますように。

そんな祈りを込めてツマミを捻る。

トースターが「チン」と音を立て、窓を開けて見るまでパンがうまく焼きあがってるかどうかはわからない。

シュレーディンガーのパン、と言うには些か大袈裟な思考実験だ。

焦げていたら、いつもよりたっぷりブルーベリージャムを塗るのだ。

やがて哀しき前田ガールズ

人がブログを書く動機など、煎じ詰めれば所詮は気分だ。

ましてやオーディエンスのほとんどいない、極々私的なブログとなれば、詭弁だらけの理屈で塗り固めた忌憚のない話題を展開することができる。

 

そういう逃げ(恥だが役に立つもの)を前置きに語るのであれば、幸か不幸か僕には異性の友達が多い。

 

親族・親戚に女性が多いこと、

ファニーな見た目から第一印象として恋愛対象に入り難いこと、

好意を寄せるような相手には話し難いことも話せる原因不明の受け口の広さ

(以上三件、友人たち談)といった要因からこうした結果に至るわけだが、このことが自身の自由恋愛において良き方向にはたらいているとは今のところ言い難い。

 

なんせ仲良くなれる異性は皆、自分のことを友人として見てくれているわけである。ありがとうございます。

その結果として生まれたのが、僕のことを全く恋愛対象とせずに親しくしてくれる女友達によって構成されるプラトニック大奥、誰が呼んだか「前田ガールズ」である。

 

もちろんどんな男子にでも女友達は居て然るものだが、こうも皆のストライクゾーンから外れた位置に鎮座するドープネスがいるだろうか。席替えはまだか、マザファッカー。

いやむしろ、だからこそ皆友達承認をしてくれるのかもしれない。

「前田ガールズ」の話を聞くに、彼女たちは概して知り合って間もないうちに(恋愛対象として)アリかナシかの判断を下してしまうようである。実に分が悪い。

 

それはそれとして彼女たちの話は興味深い。

あまり公にはすべきでなさそうな産廃的トピックもしばしば、駆け込み寺がごとき僕の耳に持ち込まれる。

この状況、何かに似ていると感じ続けてきたが、ゲイバーのママに通ずるものがあるのではないかと最近思い至るようになってきた。

 

口癖が「あんたバカね」になる日も遠くないと思うと、零れ落ちる血の涙を禁じ得ない。

禁じ得ぬ血涙をグッと堪え、前田ガールズは随時メンバー募集中です。

あんたのお悩み、待ってるわよ。

君の名は(ギャンダマン)。

最近おかしな夢をよく見るようになった。

或いは、夢とはそもそもおかしなもので、起きた後までその夢を覚えていることが多くなった、と言ったほうが正しいかもしれない。

 

直近で言えば、ジャルジャルの後藤の一人称視点で、両腕を二匹のサソリに刺される夢を見た。

簡潔に言い過ぎて何がおかしいのかわからないという人のために解説すると、

①バラエティ番組でよくある「箱の中身はなんだろな?ゲーム」のようなシチュエーションではなく、普通の道端で刺されたこと

②何より刺されているのはあくまで後藤であるということ

この二点がおかしい。

 

 

他にもここ二週間ほど、ほぼ毎日いろいろな夢を見たが、今ではほとんど忘れてしまった。

夢と現実との決定的な違いとも言えるが、夢の記憶は記録しない限りほとんど定着しないように思っている。

残っているのは、おかしな夢を見たとき特有の、現実に戻るまでの寝惚けているようで覚醒しているような浮遊感だけである。

 

 

まさにちょうど二週間ほど前、映画『君の名は。』を鑑賞した。

タイトル通り、夢で入れ替わった相手の名を思い出せない高校生の男女をめぐる、若年性健忘症に警鐘を鳴らす良作である。

まさか『君の名は。』がここ最近のおかしな夢の原因とまでは思わないが、夢の内容は全く覚えていないのに謎の固有名詞だけを覚えているという逆パターンの夢をひとつ見た。

 

 

「ギャンダマン」という名前に聞き覚えは無いだろうか?

 

ない。僕は全くない。

夢は一種の深層心理などと言うが、「ギャンダマン」が僕のどういった心理を表しているというのか。

なんとなくだが、ロクなものを表していないような気がする。

 

ギャンダマンで検索したところ、それらしきものは見つからなかった。

代わりにビーダマンのガンダム版である「ガンダマン」がヒットしたが、バンダイには申し訳ないが僕の人生にガンダマンは今のところ登場していない。

 

辛うじて覚えているのは「ギャンダマン」という言葉が出てきた文脈だけで、

女の子(身近な人のような気がするのだが誰だかわからない)が

「ギャンダマンやないんやから」

と笑いながら僕に言ったのだった。

 

 

すなわち、僕の何らかの言動が、彼女の目には「ギャンダマン」のように映ったのだろう。

「ギャンダマン」が何者なのか、そもそも人物なのか、それすら真相は闇の中である。

しかしあの夢の中で、僕は彼女を笑顔にすることができた。

ただそれだけが揺るぎのない事実であり、彼女が笑い声をあげたその瞬間、僕は確かに、彼女だけのギャンダマンであった。

 

 

だけどギャンダマン、君にひとつだけ聞いておきたいことがあるんだ。

ゴッドタンって番組を君は知ってるだろうか?

テレ東のおもしろいバラエティで、最近しょっちゅうYouTubeで見てるんだ。

そのゴッドタンの看板企画で、キス我慢選手権ってのがあってね、その日も確か布団の中で、その企画を見てたんだ…

 

ギャンダマン、もしかして君は、僕が思ってるよりずっとロクでもないやつなんじゃないだろうか?

僕は、夢の彼女に何を言ったんだ?

今となっては何も思い出せない。

 

 

ただひとつ思い出せる、君の名は。

紫陽花こわい

春先から発症した右足親指の巻き爪の悪化に、未だ悩まされ続けている。

 
 
単なる巻き爪が少し痛むくらいと放っておいていたのが完全に裏目に出た。
気づけば親指全体がイヤに「ぼてっ」と腫れ、紫とも青色ともつかないイヤな色に変色し、「ずきずき」とも「じくじく」とも異なる、これまたイヤな痛み方をするようになった。
 
皮膚科でもらった軟膏の効き目も、気休めの域を出ないというのが正直な感想である。
禍々しい辛子色の塗り薬は、拍子抜けするほど傷口に沁みない。
 
日常生活における移動手段が両の脚である我々人類にとって、右足の親指という部位へのダメージはなかなかの痛手だ。
大事をとって部屋で「じっ」としていられれば良いのだが、街をてくてく歩く仕事をしている身としてはそれも叶わない。
 
朝方の鈍痛は夕べには激痛になって右足全体に牙を剥く。
僕はといえば、なす術なく巻き爪の襲撃をモロに受け、ビッコ引き引き、糸の絡まった操り人形よろしく「かくんかくん」と不恰好な調子で帰路に着くのであった。
 
 
そんな災難が三ヶ月続き、痛む右足はもちろんのこと、なんの効き目も感じられない辛子色の軟膏や、日々患部を圧迫する革靴、延いては足に何らかの痛みを抱える者に噛みつき、邪智暴虐の限りを尽くすこの革靴を履くことを強要する腐りきった社会に対し、とうとう僕は激怒した。
こんな黒光りした靴では、メロスも走るに走れまい。
裸足で働かせろ、裸足で。せめてビルケンのサンダルだろうが。
 
短剣を持って王城に侵入するほどではないにせよ、とにかくこの痛みに対する怒りは日毎に募るばかりであった。
正確に言えば、ほとほと嫌気がさしていたのだ。
 
 
そこで僕はひとつの決断を下した。
いっそ親指切っちまおう。
 
 
そう決めてからは早かった。
 
まずは映画『アウトレイジ』を観返して、指を切り落とすに足りる道具を知るところからである。
作中で切り落とした指を集めれば片手分ぐらいにはなるような記憶だったのだが、そうでもなかった。
しかもこの人たち、あらゆる凶器を「道具」と呼んでしまうので、指切り落とし器の正式名称がわからない。
名前がわかるものはないかと注視するが、登場人物の「木村」が指を切る道具しかわからなかった。
 
木村は、一作目はカッターナイフで、二作目では自らの歯で指を食いちぎっていた。DIYかよ。
 
とりあえずカッターナイフも自前の歯も、見るからに相当な痛みが伴うであろううえに全然指が切れてなかった。
そもそも身体がかなり硬い僕にとっては、足の親指を口に持っていくことさえどだい無理な話だ。
 
ともかく理想は
 
「サクッ」
 
「ストン」
 
「やれやれ」
 
である。
 
料理が得意な母に迷惑をかけないよう、あまり使っていなさそうな果物ナイフを選ぶ。
 覚悟は決めたものの、ナイフを持つ手は震えている。
 
 
今となっては何故そうしたのかわからない。
イメージトレーニングのつもりだったのかもしれないし、或いはひと呼吸置くつもりだったのかもしれないが、答えは風の中である。
 
とにかく僕は、右手に握っていた果物ナイフを左手に持ち替え、空いた右手で手刀をつくり、右足親指の付け根に「トン」と触れた。
 
瞬間、「ふっ」と右足の力が抜けるように感じた。
 
同時に「ぽと」と音がするので何かと思えば、醜く熟れた柘榴のような、僕の右足の親指がフローリングに転がっていた。
 
右足を見れば、当然というべきか、人差し指の左隣は空席になっていた。
ほんの数秒前まで親指があった空間に手をやるが、もちろん虚を掴むばかりである。
すなわち、床に横たわっている親指は、十中八九さっきまでその空席に座っていた僕の親指ということで間違いないのだろう。
 
ここまで遅々とした分析をおこなって、自分の右足に一切の痛みが訪れないことにようやく気づいた。
椿の花が「ぽたり」と落ちるように、右足の親指はあまりに自然に落ちたのだが、フローリングを染めるはずの血は一滴も流れていなかった。
 
試しに左手に持ったナイフの刃を、右手の親指に押し当てる。
「ぷつ」と葡萄の皮が裂けるのに似た感覚がナイフを持つ左手に伝わる。
裂け目から「じわり」と湧き出た赤い血が親指を伝う。
薄い紙で指を切ったときのような、「ひりひり」するような微痛に舌打ちをする。
 
 
 とすれば問題は「右手」にあるのかもしれない。
所以はわからないが、僕の右手に人智を超えた力が宿り、手刀で触れた凡てのものを、さながら斬鉄剣が如く両断せしめた可能性が俄かに浮上してきた。
 
さすがに左足の親指で試す勇気は無かったので、ひとまず昨日の新聞で試す。
なるべく先般と同じ条件で、右手で手刀を作り、軽く新聞紙に触れる。
「くしゃ」と情けない音を立てて、並んだ活字と総理大臣の顔が歪む。
しかし、新聞紙には皺ができるばかりで、切れるどころか破れてさえいなかった。
その後、ソファの脚やテレビのリモコン、最終的には左足の親指でも試してみたのだが、あの幻の切れ味は再現できなかった。
 
 
ここまでの実験から、
 
右足の親指を除いては、僕にはちゃんと血が通い、痛覚が在るということ、
 
僕の右手の手刀は、ごく一般的な手刀と等しい威力しか有さないということ、
 
そして、
関連性の程は不明だが、右手の手刀で触れたことを少なくとも一つの契機として、僕の右足の親指は「取れた」のだということがわかった。
 
となると考えられるのは、
 
「そもそも僕の右足には親指がなく、物心のつかぬうちに何らかの医療技術により『擬親指』を後付けされたのが、時間の経過や肉体の成長により接着が弱まり、取れた」
 
という説である。
 
しかし、僕の右足の親指にはそのような手術痕や継ぎ目は無い。
何より、右足の親指の巻き爪による痛みがことの始まりであるのに、その親指が取れても全く痛くないという事実の説明がつかない。
 
 
足りない頭でここまで思考を巡らせて、ようやく僕は降参した。
要は非科学的な出来事なのである。
そう認めてしまえば、いろんなことがどうでもよくなっていくし、湘南も遠くなっていく。
「やれやれ」と親指が横たわるフローリングに寝転び、経緯はどうあれ結果として理想の形に落ち着いたことに気づく。
そもそも僕は、右足の親指を切り落とすことを望んでいたのだった。
それがある種、いちばん望ましい形(痛みを伴うことも、部屋を鮮血で汚すこともなく)で叶えられたのである。
 
 
解決不能な問題とカレーは寝かすに限る。いつの間にか、そのままフローリングで眠りに落ちていた。
 
 
「はた」と気づけば自分の部屋で、外はすっかり夜中であった。
馬鹿でかい月の光が、部屋の中まではみだし、青白く僕の右足を照らしている。
失ったはずの右足の親指は、「ぐずぐず」と膿んだまま元いた場所に収まっている。
 
どうやら夢を見ていたらしい。
 
また降りだしか、と、辟易するとも安堵するともつかない曖昧な心地のまま、なんとなく部屋を見渡した。
 
違和感はすぐにやってきた。
部屋の隅に置かれた本棚の隣で、何かが光っている。
買った覚えも置いた覚えもない姿見が、そこに無言で立ち尽くして、月明かりを跳ね返していた。
 
姿見の前に立ってみる。
月の光を背に受けて、鏡の中の自分の表情がよくわからない。
 
「ふ」と鏡の中の右手に目をやると、五本の指を「ぴん」と伸ばし、手刀を作っている。
当然、こちらの自分の右手も同じかたちをつくっている。
鏡の中の右手がゆっくりと持ち上げられる。
もちろん、こちらの右手も同じ速度で持ち上げられる。
鏡の後を追うような「ぬらり」とした動きで、右手は顔の横で止まった。
 
刃に見立てたその右手を、「そっ」と右耳に添える。
と同時に、「ぷつ」と何かが断たれる音が聞こえ、プールで水が入った時のように、鼓膜の奥がくぐもる感覚。
痛みも出血もなく、右耳は僕の体から分離し、フローリングに転がった。
 
次に、左の手首に手刀を添える。
もはやその動きに、僕の意思は介在していない。
かと言って抵抗することもできず、ただ鏡の動きに合わせるのみである。
手刀が手首に触れるや否や、熟れた林檎のように、左手はまっすぐフローリングに落ちていく。
このショッキングな自由落下では、ニュートン万有引力に気づけまい。
 
次はどこを切り落とす気か、とうんざりしながら鏡を見やると、左手首の断面から、銀色の液体が滴り落ちていた。
 
鏡の中の左腕は、その液体を床の上の右耳に垂らしている。
況や現実の左腕を哉、である。
 
すると、銀色の雫に濡れた右耳の孔から、「するする」と芽が出て、双葉が開いた。
開いた双葉はすぐに萎れ、茎が伸び、大きな葉が茂り、蕾が現れた。
 小さな蕾が幾つも現れ、寄り集まっているその様に見覚えがあった。
しかし、液体が足りないのか、蕾はなかなか開かない。
 
背後の月が雲に隠れた。
暗闇の中、右耳の周りに出来た水溜まりだけが弱々しく光っている。
 
僕は右手をまた持ち上げた。
自分の意思だとは言い切れないが、少なくとも、今は鏡に操られているわけではなさそうだった。
 
右手の手刀が首筋に触れた。
 
「ぐらり」と視界が傾き、左手よろしく自由落下する。
落ちていく、一瞬とも永遠ともつかない時間の中、立ち尽くす僕の首から、クジラが潮を噴くように、銀色の液体が湧き出し迸るのを見た。
 
「ごん」と頭に衝撃が伝わる。
どうやら僕の頭も床に到着したようだ。
横たわる視線の先で、銀色の飛沫を浴びた右耳の孔から、真っ赤な紫陽花が咲いていた。
 
 
目を開けると、紫陽花も右耳も消えていた。
どうやら夢を見ていたらしい。
体を起こして窓の外を見遣ればすっかり夜中で、馬鹿でかい月の光が部屋の中まではみ出し、青白く僕の右足を照らしている。
相変わらず親指の付け根より先は空席で、隣の人差し指はどこか頼りなさげである。
 
 
違和感は遅れてやってきた。
本棚の隣には何もない。
もちろん、右足の親指は床に転がっている。
 
 
その転がった親指の膿んだ傷跡から、小さな芽が出ている。
 
 
青白く照らされた部屋が俄かに暗くなる。
黒い雲が月を覆う。
湿った風がカーテンを揺らす。
 
右足の親指の前で僕は胡座をかき、右手で手刀をつくる。
窓には「ぼんやり」と影が映っているが、問題ない。
おそらくこれは僕の意思だ。
 
左腕を前に突き出す。
 
 
右手を軽く左手首に添える。
 
 
 
 

夏の子供たちはゆりかごを揺らす

五月からクールビズが始まった。
まだ早えよ、などと思いながらスーツにネクタイで仕事をしていたが、ここ最近背中や首回りがジットリ汗ばむようになった。

気づけばもう六月だ。

カレンダーの数字がひとつ増え、最近の湿気を孕んだぬるい空気が順当に梅雨の気配を知らせていることや、いつの間にかパンツ一丁にモールルのライブTだけで寝ていることに気づく。

暦が正確だと、なんとなく安心する。
予測不能なことばかり起こる世の中で、冬至から夏至にかけて少しずつ陽が長くなっていくことや、梅雨入り前にちゃんと紫陽花が咲き始めることは、僕たちを乗せた大きなゆりかごが規則正しく揺れていることを示している。
梅雨入り坊やが梅雨の到来を告げ、雨の日が続き、気持ちが沈んでも大丈夫。ゆりかごが揺れている限り、いつか梅雨は開けるのだ。


春夏秋冬どれが好き?という質問に、小学生の頃はうまく答えられなかったような気がする。夏の暑い日には冬を、冬の凍える日には夏を恋しく思った。
いつからか、暑さ寒さの不快のうちの前者を乗り越えたのか、夏大好き人間になっていた。
単純に、冬休みより夏休みのほうが長いから、という理由だったかもしれない。

とはいえ、夏は尊い季節だ。たとえ夏休みより冬休みのほうが長かったとしても、それは変わらないだろう。
そもそも住まいが日本一夏が熱くなる「聖地」なので、さしずめ僕は「夏の魔物」と言っても過言ではない。
みんな高校野球見に来てくれ。そのあと魔物ん家で冷たいおそうめん食おうぜ。

四年間通学し続けた京都もまた、我が町に負けず劣らずの夏が似合う街だ。
京都は春夏秋冬最強都市だが、こと夏に関してはより一層魅力が迸る。
祇園祭川床宇治川花火大会、五山送り火など、これでもかっつうぐらい風情の暴力が襲ってくる。
盆地特有の悪魔的な暑さでさえ、京都を生活圏の中心から外した身としては、愛おしいことこの上ない。


終わりが寂しく感じる季節というのも、よく考えれば夏だけのような気がしている。使い古された表現だが、「同じ夏は二度来ない」というのはひとつの真理である。
知らない間にいくつもの夏を終え、季節の移ろいに鈍い大人になっていた。
夏だろうがなんだろうが、5/7は社会人としての変わらない生活が続いている。

だからこそ、まるで夏休みが来るかのようにめちゃくちゃなスケジュールで遊びに誘ってくれる友達がいることは、本当に恵まれていると思う。

なんでこのクソ暑い中白浜温泉に行きたいんだ。
祇園祭の週は祭に集中しようぜ!」ってなんやねんマジで。


もちろん、どう頑張ってもこどもの頃の若さと情けなさだけで走り抜けられた夏に帰れるわけではないが、今もちゃんとゆりかごは、規則正しく揺れている。


梅雨が明ければ、また新しい夏が来る。


セクシーってなんですか?

ゴールデンウィークの最終日は、愛すべき先輩に会いに名古屋へ遊びに行き、あまりに美味しい手料理を振舞ってもらった後にだらだらと『人のセックスを笑うな』を観るという、およそ考えつく限り最高の日曜日の過ごし方を体現したのであった。


観たことがある人ならご理解いただけるだろうが、『人のセックスを笑うな』は前半60分のうちにピークのシーンがあって、残りの77分は上りも下りもしない、映像と同じ平坦な畦道が続いているような映画だ。
「平坦な畦道」をもっと平たく言えば「退屈」であり、好意的に言い換えれば「演出の妙」であるが、そもそも僕は映画よりも山崎ナオコーラ著の原作を読むことをおすすめしたい。

とはいえ僕はこの映画がだいすきだ。
所謂「濡れ場」に頼ることなく、セックスの幸福を「キス」と「事後」の描写で表現しきるこの作品には心憎さを感じずにはいられない。
エアマットに息を吹き込む永作博美に松ケンが言い放った「子どもか!」のツッコミ(まさにそのシーンこそ「ピーク」という其れである)は墓石に刻みたいほどの金言である。愛だ。愛でしかない。

だがなんと言っても特筆すべきは、劇中の永作博美のセクシーさだ。
あんなにあどけない顔立ちだというのに、醸し出す雰囲気やその表情はもちろん、タバコの吸い方からタイツの雑な脱ぎ方まで「セクシー」と言うほかない。


昔、とあるアイドルは我々に
「セクシー」なのと「キュート」なのと、どちらが好きなのか、と迫ったものである。

「セクシー」と「キュート」とがそれぞれ相対するものと位置づけられるのかは定かでないが、褒め言葉として存在するこの二者がそれぞれに異なる(多くは女性の)魅力を表していることは明らかである。

言葉どおりに意味を解釈すれば、前者は「色気」で後者は「愛嬌」だ。
そういう意味では両者は決して相反するものではないし、いずれも非常に好ましい魅力であり、どちらかひとつを選ぶにはとても悩ましい。

色気と愛嬌、そもそも天秤にかけられるのか。


こと女性の魅力という観点に限って言えば、「セクシー」と「キュート」の最大の違いは、セクシーが「セックス」からの派生語であることからも明らかなように、性的に由来する魅力であるということだろう。

セックスの生物的な極限の意義を考えれば「子孫を残す」ことであり、生物的に異性を魅了する特徴(=セクシーさ)が成長とともに発現してくる。そして「子孫を残す」のに適した期間が終わればその性質は次第に失われていく。

乱暴に言ってしまえば、赤ちゃんからおばあちゃんまで備わり得る「キュートさ」とは異なり、「セクシーさ」は生物として子孫を残すのに適したある期間に特化して備わるものなのだろう。
(無論、この荒削りも甚だしい主張、当てはまらない反例はガンジス川の砂より多く、反論の余地はカスピ海より広大である)


アルバート=アインシュタインに並ぶ20世紀最大の物理学者スティーブン=ホーキング博士は、宇宙最大のミステリーはなにかというインタビューに「女性だ」と答えた。

山崎ナオコーラという名前も、人のセックスを笑うなというタイトルも、そしてそのストーリーも、あまりにセクシーであまりにキュートだ。男には決してたどり着けない世界のもののようにさえ思えて仕方がない。マジでどうやったらこんなん生み出せるんや。
大ホーキングにさえわからないのだから、考えても仕方がない。トホホ。


余談になりますが、女の子が身につけるものの名前ってなんであんなセクシーなんですか?

ブラジャーってなんですか?

ネグリジェってなんですか??