好き嫌いの話(前編)

極々個人的な話をすると、珈琲がとても好きだ。

と言っても味の美味い不味いの評価基準は自分のなんとなくの好みや気分でしかないし、専門的知識が豊富なわけでもない、そもそも生得的(本質的には生失的)に匂いがほとんどわからないので、まったく「ちょっとした趣味」の範疇での話である。
とはいえ喫茶店はよく行くほうだし、長らく足繁く通う店もいくつかある。自分でもペーパードリップで淹れるし、豆や道具もそこそこ選んでいる程度には凝っている。月並みではあるが、いつか自分の喫茶店を開いてみたい、という少年おっさんのような夢もある。

珈琲の魅力を語るために、「珈琲の愉しみ方」の話をすれば、読みかけの本を読むだのタバコをふかしてみるだのテイクアウトしてなんとなく景色がいい場所まで自転車を漕いでみるだの、それこそ気分によりけりで、これはこれで広げてみてもおもしろいのだが、どうにも風呂敷を畳める気がしない。
「美味しい珈琲の条件」、これもまた同様だ。第一、そんな「条件」などといったある種の規定を語れるほどのご身分ではないし、生憎そんなゴッドタンも持ち合わせていない。
「珈琲に合う音楽」、これは少し良いかもしれない。しかしネックとなるのは好みのジャンルの違いだ。ドヤ顔で珈琲に合う曲を書き連ねても、そんなアーティスト知らないよ、と言われてしまえば途端にテーマが瓦解してしまいかねない、危うい話題だ。

そこで僕は考えたのである。音楽に知識差のネックがあるのなら、万人に知識差のない珈琲に合うなにかを、珈琲の魅力の語り口とすればよいのではないか。
そして思い至ったのが「珈琲に合う動物」である。

喫茶店やカフェの類の店にはなぜか、動物の名前が付いているものが多い、というのが僕の持論である。有名どころでは代々木公園のFUGLEN(ノルウェー語で「鳥」の意)や渋谷の名曲喫茶ライオン、大阪は阿部野橋の喫茶スワンなどが挙げられる。学生時代を過ごした京都にも、つばめだの魚だのキリンだの象だの、さまざまな動物の名を冠した喫茶店・カフェが数多く存在する。ヤギが赤い実(=コーヒーの実)を食べてラリってるのを修行僧が発見したというなかなかファニーな話が珈琲の起源の一説となっていることや、また最高級豆コピ・ルアクがジャコウネコのウンコから摘出されることなどから、珈琲と動物は案外イメージとしてリンクするものがあったりなかったりするのではないか、とも思っている。
ということで、以下に極々個人的な印象で珈琲に合う動物を列挙する。これで珈琲の魅力が伝わったとすれば、皆さんの想像力の豊かさに感謝である。

◎クマ
クマといってもなんでも良いわけではない。ベストはシロクマである。北極の寒さを連想させるので、ホットコーヒーととてもよく合う。ツキノワグマや、マレーグマなんかも、毛並み的に良い。パンダやグリズリーはちょっと違うのである。

◎カモメ
鳥類ではかなり珈琲に合う方だと言える。港を連想させるので、遥か異国の飲み物というイメージに結びつきやすいのかもしれない。つばめや白鳥も渡り鳥で、遠い海を越えてくる感じが珈琲に合う。原産国イメージで言えばオオハシやフラミンゴなんかもいい線いっていると言えよう。シロクマと同様の理由で、ペンギンもしっくりくる。

◎黒猫
とても良い。珈琲とよく合っている。なんなら喫茶店に居て欲しい。珈琲にここまで合うってのは、犬にはない魅力のひとつかもしれない。クロに限らずミケとか灰色の猫もいい。シャムキャッツとかは違う。百獣の王ライオンは老舗の喫茶店の風格を思わせるという意味ではドンピシャだが、その他の大型ネコ科はあんまり向いてないかもしれない。それこそジャコウネコは珈琲に合う動物筆頭株主スフィンクスという品種の猫もちょっとアリ。

◎オオカミ
イヌ科の劣勢のなか、孤軍奮闘するのがオオカミである。シンプルにそのクールな出で立ちは珈琲のイメージとマッチしているが、それ以上に「一匹狼」の言葉のとおり、群れることなく我が道をゆくその様はまさにコーヒーを嗜むオトナの男のよう。その姿に憧れて、背伸びしてただただ苦いのを我慢しながらブラックコーヒーを飲んだ中学生のあの頃を彷彿とさせる。

ツノのある鈍い大きい動物すばらしい。珈琲の癒しの香りとエッジの効いたほろ苦さのイメージとマッチしている。ヌーやバイソンも、鈍足ではないがストロングスタイルの珈琲のようで、かなり似合う。水牛なんかはとてもベトナムコーヒーの香りがする。また、トナカイなんかはコーヒー大国であるノルウェーフィンランドスウェーデンの北欧三国を想起させる、めちゃくちゃ珈琲に合う動物の1匹である。

◎バク
珈琲に合う動物第3位。「優しい目をしたのっそり動く動物」という、バファリン以上にやさしさだけで出来てるような生き物。カフェインによる眠気覚ましの作用と、夢を喰うというバクにまつわる伝承とのコントラストが絶妙である。同じようなフォルムという枠で、サイとカバも珈琲に合う動物に挙げたい。

◎ゾウ
珈琲に合う動物第2位。陸上生物で最高に珈琲に合う動物である。膝がガサガサな感じとか、けっこう賢くて芸もできるとことかとても良い。ツノではなく牙があるところもまたよい。京都の路地裏の名店、elephant factory coffeeは秀逸な命名である。余談だが、ゾウはジャンプすることができないらしい。この雑学とも豆知識とも付かないゆるさが非常に愛おしい。

◎クジラ
珈琲に合う動物堂々の第1位。クジラが好きだから1位なのではない。珈琲にここまで合うから好きなのだ。海中哺乳類的なのっぺりしたフォルムは、焙煎したての艶やかなコーヒー豆を想起させ、その生態や個体同士のコミュニケーションなどの生物学的な謎の多さは珈琲という飲み物の奥深さを思わせる。ドリップの際にモコモコと湧き上がる泡だって、クジラの潮吹きに見えないこともない。海洋哺乳類という点で言えばマナフィとかも良さげ。あとは語感でスナメリも推したい。「スナメリコーヒー」って喫茶店ありそう。


以上、極々私的な「珈琲に合う動物」でした。ちなみにヒトは全然、珈琲似合わねぇな。