クジラと宇宙を泳ぐいくつかの冴えたやり方

クジラを飼えたらたぶんたのしい

紫陽花こわい

春先から発症した右足親指の巻き爪の悪化に、未だ悩まされ続けている。

 
 
単なる巻き爪が少し痛むくらいと放っておいていたのが完全に裏目に出た。
気づけば親指全体がイヤに「ぼてっ」と腫れ、紫とも青色ともつかないイヤな色に変色し、「ずきずき」とも「じくじく」とも異なる、これまたイヤな痛み方をするようになった。
 
皮膚科でもらった軟膏の効き目も、気休めの域を出ないというのが正直な感想である。
禍々しい辛子色の塗り薬は、拍子抜けするほど傷口に沁みない。
 
日常生活における移動手段が両の脚である我々人類にとって、右足の親指という部位へのダメージはなかなかの痛手だ。
大事をとって部屋で「じっ」としていられれば良いのだが、街をてくてく歩く仕事をしている身としてはそれも叶わない。
 
朝方の鈍痛は夕べには激痛になって右足全体に牙を剥く。
僕はといえば、なす術なく巻き爪の襲撃をモロに受け、ビッコ引き引き、糸の絡まった操り人形よろしく「かくんかくん」と不恰好な調子で帰路に着くのであった。
 
 
そんな災難が三ヶ月続き、痛む右足はもちろんのこと、なんの効き目も感じられない辛子色の軟膏や、日々患部を圧迫する革靴、延いては足に何らかの痛みを抱える者に噛みつき、邪智暴虐の限りを尽くすこの革靴を履くことを強要する腐りきった社会に対し、とうとう僕は激怒した。
こんな黒光りした靴では、メロスも走るに走れまい。
裸足で働かせろ、裸足で。せめてビルケンのサンダルだろうが。
 
短剣を持って王城に侵入するほどではないにせよ、とにかくこの痛みに対する怒りは日毎に募るばかりであった。
正確に言えば、ほとほと嫌気がさしていたのだ。
 
 
そこで僕はひとつの決断を下した。
いっそ親指切っちまおう。
 
 
そう決めてからは早かった。
 
まずは映画『アウトレイジ』を観返して、指を切り落とすに足りる道具を知るところからである。
作中で切り落とした指を集めれば片手分ぐらいにはなるような記憶だったのだが、そうでもなかった。
しかもこの人たち、あらゆる凶器を「道具」と呼んでしまうので、指切り落とし器の正式名称がわからない。
名前がわかるものはないかと注視するが、登場人物の「木村」が指を切る道具しかわからなかった。
 
木村は、一作目はカッターナイフで、二作目では自らの歯で指を食いちぎっていた。DIYかよ。
 
とりあえずカッターナイフも自前の歯も、見るからに相当な痛みが伴うであろううえに全然指が切れてなかった。
そもそも身体がかなり硬い僕にとっては、足の親指を口に持っていくことさえどだい無理な話だ。
 
ともかく理想は
 
「サクッ」
 
「ストン」
 
「やれやれ」
 
である。
 
料理が得意な母に迷惑をかけないよう、あまり使っていなさそうな果物ナイフを選ぶ。
 覚悟は決めたものの、ナイフを持つ手は震えている。
 
 
今となっては何故そうしたのかわからない。
イメージトレーニングのつもりだったのかもしれないし、或いはひと呼吸置くつもりだったのかもしれないが、答えは風の中である。
 
とにかく僕は、右手に握っていた果物ナイフを左手に持ち替え、空いた右手で手刀をつくり、右足親指の付け根に「トン」と触れた。
 
瞬間、「ふっ」と右足の力が抜けるように感じた。
 
同時に「ぽと」と音がするので何かと思えば、醜く熟れた柘榴のような、僕の右足の親指がフローリングに転がっていた。
 
右足を見れば、当然というべきか、人差し指の左隣は空席になっていた。
ほんの数秒前まで親指があった空間に手をやるが、もちろん虚を掴むばかりである。
すなわち、床に横たわっている親指は、十中八九さっきまでその空席に座っていた僕の親指ということで間違いないのだろう。
 
ここまで遅々とした分析をおこなって、自分の右足に一切の痛みが訪れないことにようやく気づいた。
椿の花が「ぽたり」と落ちるように、右足の親指はあまりに自然に落ちたのだが、フローリングを染めるはずの血は一滴も流れていなかった。
 
試しに左手に持ったナイフの刃を、右手の親指に押し当てる。
「ぷつ」と葡萄の皮が裂けるのに似た感覚がナイフを持つ左手に伝わる。
裂け目から「じわり」と湧き出た赤い血が親指を伝う。
薄い紙で指を切ったときのような、「ひりひり」するような微痛に舌打ちをする。
 
 
 とすれば問題は「右手」にあるのかもしれない。
所以はわからないが、僕の右手に人智を超えた力が宿り、手刀で触れた凡てのものを、さながら斬鉄剣が如く両断せしめた可能性が俄かに浮上してきた。
 
さすがに左足の親指で試す勇気は無かったので、ひとまず昨日の新聞で試す。
なるべく先般と同じ条件で、右手で手刀を作り、軽く新聞紙に触れる。
「くしゃ」と情けない音を立てて、並んだ活字と総理大臣の顔が歪む。
しかし、新聞紙には皺ができるばかりで、切れるどころか破れてさえいなかった。
その後、ソファの脚やテレビのリモコン、最終的には左足の親指でも試してみたのだが、あの幻の切れ味は再現できなかった。
 
 
ここまでの実験から、
 
右足の親指を除いては、僕にはちゃんと血が通い、痛覚が在るということ、
 
僕の右手の手刀は、ごく一般的な手刀と等しい威力しか有さないということ、
 
そして、
関連性の程は不明だが、右手の手刀で触れたことを少なくとも一つの契機として、僕の右足の親指は「取れた」のだということがわかった。
 
となると考えられるのは、
 
「そもそも僕の右足には親指がなく、物心のつかぬうちに何らかの医療技術により『擬親指』を後付けされたのが、時間の経過や肉体の成長により接着が弱まり、取れた」
 
という説である。
 
しかし、僕の右足の親指にはそのような手術痕や継ぎ目は無い。
何より、右足の親指の巻き爪による痛みがことの始まりであるのに、その親指が取れても全く痛くないという事実の説明がつかない。
 
 
足りない頭でここまで思考を巡らせて、ようやく僕は降参した。
要は非科学的な出来事なのである。
そう認めてしまえば、いろんなことがどうでもよくなっていくし、湘南も遠くなっていく。
「やれやれ」と親指が横たわるフローリングに寝転び、経緯はどうあれ結果として理想の形に落ち着いたことに気づく。
そもそも僕は、右足の親指を切り落とすことを望んでいたのだった。
それがある種、いちばん望ましい形(痛みを伴うことも、部屋を鮮血で汚すこともなく)で叶えられたのである。
 
 
解決不能な問題とカレーは寝かすに限る。いつの間にか、そのままフローリングで眠りに落ちていた。
 
 
「はた」と気づけば自分の部屋で、外はすっかり夜中であった。
馬鹿でかい月の光が、部屋の中まではみだし、青白く僕の右足を照らしている。
失ったはずの右足の親指は、「ぐずぐず」と膿んだまま元いた場所に収まっている。
 
どうやら夢を見ていたらしい。
 
また降りだしか、と、辟易するとも安堵するともつかない曖昧な心地のまま、なんとなく部屋を見渡した。
 
違和感はすぐにやってきた。
部屋の隅に置かれた本棚の隣で、何かが光っている。
買った覚えも置いた覚えもない姿見が、そこに無言で立ち尽くして、月明かりを跳ね返していた。
 
姿見の前に立ってみる。
月の光を背に受けて、鏡の中の自分の表情がよくわからない。
 
「ふ」と鏡の中の右手に目をやると、五本の指を「ぴん」と伸ばし、手刀を作っている。
当然、こちらの自分の右手も同じかたちをつくっている。
鏡の中の右手がゆっくりと持ち上げられる。
もちろん、こちらの右手も同じ速度で持ち上げられる。
鏡の後を追うような「ぬらり」とした動きで、右手は顔の横で止まった。
 
刃に見立てたその右手を、「そっ」と右耳に添える。
と同時に、「ぷつ」と何かが断たれる音が聞こえ、プールで水が入った時のように、鼓膜の奥がくぐもる感覚。
痛みも出血もなく、右耳は僕の体から分離し、フローリングに転がった。
 
次に、左の手首に手刀を添える。
もはやその動きに、僕の意思は介在していない。
かと言って抵抗することもできず、ただ鏡の動きに合わせるのみである。
手刀が手首に触れるや否や、熟れた林檎のように、左手はまっすぐフローリングに落ちていく。
このショッキングな自由落下では、ニュートン万有引力に気づけまい。
 
次はどこを切り落とす気か、とうんざりしながら鏡を見やると、左手首の断面から、銀色の液体が滴り落ちていた。
 
鏡の中の左腕は、その液体を床の上の右耳に垂らしている。
況や現実の左腕を哉、である。
 
すると、銀色の雫に濡れた右耳の孔から、「するする」と芽が出て、双葉が開いた。
開いた双葉はすぐに萎れ、茎が伸び、大きな葉が茂り、蕾が現れた。
 小さな蕾が幾つも現れ、寄り集まっているその様に見覚えがあった。
しかし、液体が足りないのか、蕾はなかなか開かない。
 
背後の月が雲に隠れた。
暗闇の中、右耳の周りに出来た水溜まりだけが弱々しく光っている。
 
僕は右手をまた持ち上げた。
自分の意思だとは言い切れないが、少なくとも、今は鏡に操られているわけではなさそうだった。
 
右手の手刀が首筋に触れた。
 
「ぐらり」と視界が傾き、左手よろしく自由落下する。
落ちていく、一瞬とも永遠ともつかない時間の中、立ち尽くす僕の首から、クジラが潮を噴くように、銀色の液体が湧き出し迸るのを見た。
 
「ごん」と頭に衝撃が伝わる。
どうやら僕の頭も床に到着したようだ。
横たわる視線の先で、銀色の飛沫を浴びた右耳の孔から、真っ赤な紫陽花が咲いていた。
 
 
目を開けると、紫陽花も右耳も消えていた。
どうやら夢を見ていたらしい。
体を起こして窓の外を見遣ればすっかり夜中で、馬鹿でかい月の光が部屋の中まではみ出し、青白く僕の右足を照らしている。
相変わらず親指の付け根より先は空席で、隣の人差し指はどこか頼りなさげである。
 
 
違和感は遅れてやってきた。
本棚の隣には何もない。
もちろん、右足の親指は床に転がっている。
 
 
その転がった親指の膿んだ傷跡から、小さな芽が出ている。
 
 
青白く照らされた部屋が俄かに暗くなる。
黒い雲が月を覆う。
湿った風がカーテンを揺らす。
 
右足の親指の前で僕は胡座をかき、右手で手刀をつくる。
窓には「ぼんやり」と影が映っているが、問題ない。
おそらくこれは僕の意思だ。
 
左腕を前に突き出す。
 
 
右手を軽く左手首に添える。